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最高裁判所第二小法廷 昭和31年(あ)914号 判決 1961年12月20日

主文

本件上告を棄却する。

理由

被告人および弁護人成田篤郎の各上告趣意は、弁護士法二六条に関する単なる法令違反の主張と事実誤認の主張であり、弁護人成田哲雄の上告趣意は、弁護士法二六条および貸金業等の取締に関する法律五条に関する単なる法令違反の主張と事実誤認の主張であって、いずれも刑訴四〇五条の上告理由に当らない。

弁護人鍛治利一の上告趣意第一点は、違憲をいうけれども、その実質は、弁護士法二六条、民訴法八一条一項と貸金業等の取締に関する法律五条に関する単なる法令違反の主張を出でないものであり(なお、同第二点については、その理由がない旨を言渡した冒頭記載の大法廷判決参照。)、同第三点は、審理不尽、事実誤認、これを前提とする単なる法令違反の主張であって、いずれも刑訴四〇五条の上告理由に当らない。

弁護人鍛治利一の上告受理申立理由書第一点、同成田篤郎の同書第一点、同成田哲雄の同書中(一)(二)、被告本人の同書中G結論の部分について。

しかし、弁護士法二六条が、いわゆる弁護士の汚職行為を禁止し、同法七六条が右規定に違反する行為を処罰する所以のものは、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士の職責に鑑み、その職務執行の公正と誠実性を担保しようとするにあるものと解せられるから、同法二六条違反の罪が成立するためには、いやしくも弁護士が受任している事件に関し、相手方から利益を受け又はこれを要求し若しくは約束をすれば足り、現実にその職務の公正を害すると否とはその要件ではないと解すべく、また同条にいう「受任している事件」とは、委任を受けて現に処理している事件を指し、「利益」とは、人の需要若しくは欲望を充たすに足りる一切の利益をいい、報酬、謝礼たる性質を有するものは勿論、弁護士が裁判外の和解のため出張した日当旅費等の実費弁償たる性質を有するものであっても、これに含まれるものと解するを相当とする。

本件記録によれば、なるほど、被告人は、委任者加藤善次郎の代理人として、昭和二七年一〇月二一日原判示場所に赴き、受任事件の相手方である原判示組合の組合長上明戸繁治外数名の組合役員と接渉し、その結果、右事件について裁判外の和解が成立し、委任者代理人たる被告人と右組合長との間に和解契約書の作成が完了した後に、宴会が開かれその席上で、被告人は、右組合長上明戸繁治から、原判示金員を当日原判示場所まで出張した旅費名義の下に受領した事実が認められる。

しかし、右和解契約書(証一二号)によれば、和解条項として、委任者加藤善次郎と相手方原判示組合間の本件樹木売買契約に関する紛争について、相手方から右委任者に対し、契約不履行による損害賠償金等として合計金五〇万円を、内金三〇万円は同年一〇月二七日に、残金二〇万円は同年一一月五日に、いずれも委任者の代理人である被告人方に持参支払い、その完済後においては委任者加藤善次郎は相手方原判示組合に対し何らの権利を主張しない旨記載せられており、また委任者加藤善次郎の被告人に対する委任状(証三六号の一)によれば、委任事項として、委任者から相手方原判示組合に対する損害賠償請求事件に関する裁判上裁判外の一切の行為の外弁済の受領が明記せられているのであるから、以上に徴すれば、本件においては、委任者加藤善次郎の被告人に対する右事件の委任は、少くとも相手方において右五〇万円を指定支払場所である被告人方に持参完済するまでは終了していないと認めるのが相当である。所論は、右和解契約の成立すなわち右和解契約書の作成によって、右事件の委任は終了したものであると主張し、その理由として、右和解契約の成立によって、委任者加藤善次郎と相手方原判示組合間における実質的利害関係の対立は消滅に帰したのみならず、右和解条項に基く五〇万円の受領の如き単なる消極的行為については、弁護士の職務執行の公正を害する虞のある行為は全然あり得ないと強調するけれども、前記和解条項によれば、右五〇万円の完済があって初めて右事件に関する両当事者間の一切の権利義務を消滅する趣旨であることが認められ、その完済前においては、両当事者間の実質的利害関係の対立が未だ消滅しているとはいえないのみならず、右五〇万円の受領に関しても、所論のように、弁護士の職務執行の公正を害する虞のある行為がなされ得ないとは必ずしもいい得ないし、また弁護士法二六条違反罪の成立には、現実に職務の公正を害すると否とは何らの影響を及ぼすものでないこと前説明のとおりであるから、右所論は採用することができない。それ故、被告人は、「受任している事件」に関して、相手方から原判示金員を受領したものといわねばならない。しかるに、所論は、被告人は、相手方原判示組合の組合長等から原判示場所に来て他の組合役員に説明これを納得させてくれと懇請されたので、わざわざ原判示場所に出張したのであり、すなわち相手方の責に帰すべき事由によって出向いたのであるから、旅費日当は、当然相手方原判示組合の負担すべきものであり、かりに然らずとしても、委任者たる加藤善次郎は、相手方の要請による出費として当然これを相手方原判示組合に請求し得べきものであるから、本件においては、右加藤が原判示組合から受取りこれを被告人に交付すべき手続を省略したに過ぎない、いずれにしても本件金員は、相手方たる原判示組合の当然負担すべき実費弁償たる性質のものであって、なんら不法不当の利益ないし謝礼、報酬とはいえないから、弁護士法二六条にいう「利益」には該当しないと主張する。しかし、たとえ被告人が、所論のように、相手方組合長等の要請によって原判示場所に和解のため出張したものであるとしても、被告人が、委任者加藤善次郎のため、その代理人として出張し、相手方組合役員を説得し右和解契約を成立せしめたものであることには何らの変りはないから、所論のように、その日当旅費が当然相手方の負担すべきものであるとか、相手方に当然これを請求し得べきものであるとはいえないし、また、たとえ原判示金員が所論日当旅費の実費弁償たる性質のものであっても、弁護士法二六条にいう「利益」に含まれると解すべきこと前説明のとおりであるから、右所論も採るを得ない。原判決には、弁護士法二六条の解釈を誤った違法はなく、所論はすべて理由がない。

また記録を調べても、本件に刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。

よって、同四〇八条に従い、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助)

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